【フィリピン 5日】 公共事業道路省がアンダ記念碑の移動計画を中止

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公共事業道路省(DPWH)は、ポートエリアの交通渋滞を解消するためにアンダ記念碑を移動させ、交通信号との交差のためスペースを作ることを計画していたが、マニラの歴史的なアンダ記念碑であるだけに、これまでの計画を廃棄した。DPWHマニラ首都圏のディレクターメルビン・ナバロ氏は記念碑であるアンダサークルの目玉として、現在のサイトとマニラのボニファシオドライブをそのままにすると発表した。ナバロ氏は遺産保護活動の忠実な野党、そして文化と芸術のための国家委員会、ピア・カエタノ上院議員を引用し、地域内の交通渋滞を緩和するために記念碑の移動計画を変更するという。2014年にDPWHは、現在の構造はエリアを通過する大きくて長い貨物車には小さすぎると言って、記念碑アンダサークルを移動させ、交差点を改造する計画を発表した。フィリピンの国立歴史委員会(NHCP)も記念碑がどこか別の場所に移すことが安全だろうと述べ、移動させる計画に同意した。たった一台の車がコースを外れた場合でも、それが記念碑を損傷する恐れがあり、大型車両の流れから記念碑を保護するために転送することにNHCP委員長マリア・セレナ・ディオンコ氏は、2014年9月に同意していた。しかしDPWHの提案は廃止となり、ナバロ氏は、新たにアンダサークルから通じる道路を改善することを計画すると述べた。アンダ記念碑は、1762年にマニラが英国による占領に対する抵抗の象徴として建てられ、1770年から1776年にフィリピンの第41総督を務めたシモン・ド・アンダYサラザールの名誉として作られたものであるが、周辺がアスファルトで水はけが悪く、雨季には毎回問題が起きていた。

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